片方善治先生の発想学のセミナーに参加しました。
学問的なアプローチによる整理整頓された内容と同時に、豊富な事例の数々に
昨日のブログに書いたとおり、視野の狭さを痛感した次第です。
具体的、実践的なマーケティングや企画発想については、それを探求している
岡野先生の右に出る人はいないと思いますが、違った角度ですごく刺激になりました。
グループのディスカッションを通して感じたことですが、最初の着想は非常に
大きな課題ですね。
人は知らず知らずのうちに、思考が固定化します。固定化した頭でいくら着想
しても結果的に同じような発想しか生まれません。自分でやりたい答えを決めて
いたりしたもんなら、自分を正当化する都合の良い気付きしかやってこない!!
これは相当危険ですね。どんなコンセプトで企画を起こしても結局、中身は同じ
企画なんてことになりかねません。
更に怖いのは、ズレていることです。
ズレた企画はどんなに苦労しても成果がでません。コンセプトワークの失敗は
命取りになります。本質を捉えずに、ズレた企画を正当化して実行してしまえば
終わりです。
振り返れば、「そんなこと、多々経験したな・・・」と汗が噴出しそうです。
このズレは自分ではなかなか気付けないものです。それこそ、「これはいける!」
の固定化で、周りのすべてを正当化し始める訳ですから、これほど危険なことはない。
そこで周りの声に耳を傾けることが重要になるのですが、とはいえ、トップたるもの
反対を押し切ってでも何かを実行に移さなければならない時があります。
そう考えると、経営者は一人称、二人称、三人称を使い分けるバランス感覚が
非常に大切ですね。
私の石頭も早い段階で解凍しておかないと取り返しのつかないことになりそうですwww。
知らず知らずの内に、自分の中に制限が生まれている。
「自社が出来るのはここまで」
「お客さまの予算はこれくらい」
「このサービスはニーズが少ない」
誰も何も制限していないのに、自分の中に限界を作り出している。
すべて心の持ちようであり、自ら可能性を閉じ込めている。
これらは、環境が生み出す「視野」によって作り出されていると感じる。
「夢を大きく持て」とか「ビジョンを明確にしろ」と言われるが、それを
生み出すためには、まず持って環境に目を向けなければならない。
ノミをガラスケースに入れ、ふたをする。
本来、ガラスケースを飛び出す跳躍力を持つノミも、何度もふたに
ぶつかるうちに、ふたに当たらない高さしか飛べなくなる。
ふたを取っても、ノミはケースから飛び出さなくなるのだ。
しかし、高く飛ぶ異なるノミを傍におくと、いずれ元通りにふたを
飛び出すようになる。
人間も同じだ。
今、視野が狭いと思うなら、視野の広い人、制限を設けずに
チャレンジしている人と数多く接することが、自分を変える最善の
方法ではないだろうか?
人間は環境の生き物であり、自分に制限を決める視野は、環境に
よって支配されていると言える。
「類は友を呼ぶ」
「友達を見れば、その人がわかる」
「朱に交われば赤くなる」
自分がどんな人を引き寄せ、どんな人と好んで付き合い、どんな
環境に染まっているかを改めて見直してみると、新たなチャンスが
見えてくるかもしれません。
"The best way to predict the future is to create it."
「将来を予測する一番の方法は(自分で)創る事だ。」
ピーター・F・ドラッカー










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