たどり着いた答えは創客でした。

経営者の勉強会に参加。

経営誌の記事を元にディスカッションを行う熱い勉強会。(のはず)


その中で、非常に苦労された社長さまの記事が掲載されていた。

その経験たるや、壮絶という言葉では言い尽くせないものだった。


それについて、各々感じたことを発表しながら学びを深めていく。

一番最後に私の番が回ってきたので正直に感じたことを発表した
のだが、司会者に「ぶち壊しですやん!」と突っ込まれたのが
ちょっと遺憾。。。


何を言ったかというと、

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あまりに壮絶ですが、自分が体験していないので何とも言い難い。
もし自分だったらというのも想像つかないし、それを想像したとして
「苦労されたのにすごいですね」といった所で、何がどうなるという
のでしょうか。

今の自分にできることは、自分の感性を信じて意志決定する以外
に方法はないと思います。

きっとこの話は、自分が同じ境遇になった時に、初めて意味のある
ものになるのではないでしょうか?
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というもの。

もちろん、成功までの過程に感動もするし、すごいとも思う。

しかし、経営者がそこで終って感傷に浸っても何も生まれない。


参加者の多くは、私の意見に賛同してくれた上で、更に突っ込んだ
意見を展開されていた。


やはり、本気のトークは刺激があります。

この勉強会はこれが今年最後。

来年も今から楽しみです。


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エクスト社長 高畑欽哉の2009年度テーマ!

心・・・本当の強さ(人を幸せにする)
技・・・戦術を磨く(現場第一主義)
体・・・腹筋を割る(心身ともに強靭に)
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2コメント

 勉強会の状況や詳細はわかりませんが、体験についての高畑さんのコメントは正しいと思います。しかし、やや突き放しすぎかな。次のコメントを聞いてどう思いますか?
 『あまりに壮絶(な戦争体験)ですが、自分が(戦争を)体験していないので何とも言い難い。もし自分(が兵士)だったらというのも想像つかないし、それを想像したとして「(人を殺したり殺されそうになったりと)苦労されたのにすごいですね」といった所で、何がどうなるというのでしょうか』
 こう書き換えてみると、結構冷めた独我論になりますね。ぼくは体験を至上主義的に語る人が苦手ですが、一応想像力を働かせて理解しようと努めます。でも、そうしつつも、内心では「誰もがそれぞれの個性的な体験をしているのだから、そんなに美化しなくてもいいのでは・・・」とつぶやいています。
 体験は人間形成にとって不可欠であることを認めたうえで、なおかつ、体験は想像と合成されなければほとんど意味を持たないと考えています。「体験しなければわからない」のであれば、他人の体験談を理解できません。同じ体験をしていなくても、体験がわかるのは想像が働くからです。(長いコメントでごめんなさい)

先生、親身なコメントありがとうございます!

私は想像力を持って他者の体験を理解しようとするところを否定しているのではありません。

言いたかったのは、それを経営者が集まってオブラートに包んで語り合ってどうなるのかという部分です。

このあたりの言い回しは難しいです。

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